ラストバージン
「あのね、朝早くにばぁばが電話くれたの」

「葵ちゃんがお友達と来るから、遊びにおいでって!」

「ばぁば、ご馳走作ってるよ」

「パパが買ってくれたケーキもあるんだよ!」


桃子の言葉に目を小さく見開き、同時に嫌な予感が過ぎった。


「もしかして、パパとママも来てるの?」

「うん! パパはね、じぃじと将棋してる!」

「ママはばぁばとご飯作ってるよ。私もさっきまでお手伝いしてたんだよ」

「僕もしたよ!」


向けられた期待の眼差しから褒めて欲しいというのはわかったけれど、今の私にそんな事をする余裕はない。


「こんにちは。お手伝いが出来るなんて偉いね」


そんな私を余所に、車から荷物を下ろした榛名さんが二人に笑顔を向けた。


「……お兄ちゃん、葵ちゃんのお友達?」

「まぁ、そんなところかな」

「じゃあ、早く行こう! ママ達が待ってるよ!」


桃子の質問に答えた榛名さんの手を、孝太がグイグイと引っ張る。


「……帰りたいみたいだけど、無理そうだよ」


私の気持ちを察したらしい彼は、眉を小さく寄せて笑っている。


「葵ちゃんも早くー!」


桃子に手を引かれた私には、もう逃げ道は残されていなかった。

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