ラストバージン
未だに恋愛や結婚への前向きな意識は薄いけれど、後悔や痛みに泣いてばかりいたあの頃よりも少しくらいは前を向けるようになった。
時々、あの頃の事を思い出して泣きたくなる事もあるけれど、それでもそれなりの過ごし方も身に付けた。


だから……。

「心配しないで。もう、あの頃みたいに泣いてばかりじゃないから」

私は再度しっかりと笑みを浮かべ、恭子の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「だから、そんな顔しないで。お腹の赤ちゃんにも良くないよ。ね?」

「……そうだね」


微笑みながら頷いた恭子が、すぐに真剣な表情を浮かべた。


「でもね、葵。何かあったらいつでも言ってね。ここを辞めても、私は葵の親友のつもりだからさ」

「ありがとう。じゃあ、おばあちゃんになっても愚痴聞いて貰おうかな」

「大歓迎だよ」


悪戯な笑みを見せた私に、恭子も負けじとニッと笑った。
それから他愛のない話をしていたけれど、五分もしないうちに院内用のPHSで呼び出されてしまい、まだ十五分程残っていた休憩を切り上げる事にした。


「大変だね、結木主任」

「からかわないで」


苦笑を零した後、恭子に「また改めてお祝いさせてね」と笑みを向けて病棟に戻った――。

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