ラストバージン
「あ、結木主任!」


リハビリ科病棟に戻ると、山ノ内(やまのうち)さんが「ちょうど良かったです」と安堵の表情を見せた。


「どうかしたの?」


二十七歳の彼女はよく仕事が出来て、後輩の面倒見もいい。


「内科から内線が入ってます」

「ありがとう。……もしもし、結木です」


渡された受話器を受け取ると、先程のミーティングでも顔を合わせた内科病棟の看護主任が名乗り、用件を話し始めた。


『新人の手違いで内科のベッドの空きがなくてね、今日から入院予定の患者のうちの一人を三時間だけ受け入れて欲しいんだけど』


そう切り出した重本(しげもと)さんは、『午後に一人退院するまででいいのよ』と強く言った。


正直、リハビリ科だって、ベッド数に余裕がある訳じゃない。
それに、入退院の患者の最終チェックは主任の仕事だから、いくら新人のミスとは言っても重本さん自身にも責任はある。


『お願い! こんな事、結木さんにしか頼めなくて!』


その上、彼女には何故か嫌われてしまっているようで、顔を合わせてもまともに挨拶すらして貰えない事もあって、あまりいい印象はない。


だけど、これは仕事。
自分自身にそう言い聞かせ、「何とかします」と了承の返事を口にした。

< 95 / 318 >

この作品をシェア

pagetop