番外編「雨に似ている」1話読み切り
「辛い……ですか」


大海人は馬を下りると、額田王を抱えた。

足が地に着かない感覚のまま、額田王は耳を塞いで立った。




「あの日。血濡れの太刀を持つ兵、雨の中で燃え盛る此処――甘樫丘。蘇我蝦夷の断末魔の声を私は、ただ無表情に見つめていました」



額田王は、背中を走る寒気に自分の腕を抱き締めた。




「これは夢ではなく現実です。今回は私が、この手を汚さずに導いた……」



大海人は、そこで深く息を吐き言葉を切った。



「これは明日の私です。綻びが生じたら、大海人王子の屋形はこうなります」



額田王は目を見開き、耳を塞いでいた手を放し、大海人を振り向いた。




「廐戸王子と斎宮姫との血の存在を大王も日嗣王子も決して許さない。かつて蘇我本家が、山背大兄王が、田村王子がそうであったように」



「誰が……大海人さまを?」



大海人は答えずに続けた。

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