番外編「雨に似ている」1話読み切り
月の光が射し込む。
柔かな光だ。


闇の中で照らされた黒塗りのヘーゼンドルファーが輝いている。


ピアノを弾く手を休め窓辺に立ち、月明かりの射し込む先を見上げた。



満月。

心の奥底まで侵食されていくような圧倒感を見せつけ、煌々と月が輝いている。



「来世へと結ぶ縁(えにし)を二千年
三五の月に我は祈りき」



ふと、頭に浮かんだ歌が誰の歌だったのかは思い出せない。


だが、先ほどまで弾いていたピアノの音が洪水のように頭の中を渦巻いていく。



ベートーベンの「月光」。

「悲愴」「熱情」と並ぶ三大部ソナタは煌々と輝く月のイメージにはまりすぎるほど合致している。


渇と闇を突き破るように浮かぶ月の存在感が薄れないうちにと、窓辺を離れ再びピアノをと一歩、足を踏み出す――すうぅと意識が遠くなっていった。



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