番外編「雨に似ている」1話読み切り
「大海人様」


大海人は、玉葛の木に寄りかかり、ただ身を委ね月を見上げていた。



「額田……」


振り向いた大海人の顔には、どこか憂いを帯びた儚さを感じつつも何かを吹っ切ったような清々しさも感じられる。



月の明かりに照らされた頬にうっすらと涙の跡が見える。



「私は……漢の残骸です」


「いいえ、違います」


「私は、何者でもありません。大海人の脱け殻を被っているだけのものです」


穏やかなままに語られる自虐的な言葉に額田王は、声を荒げた。



「違います。貴方は大海人様です。私は……貴方が好きです」



目を見開き額田王を見て、大海人はフッと寂しげに微笑み、背を向けた。



真っ直ぐに空へ伸ばした手が、ゆっくりと何かを掴むように強く握りしめられた。


そして大海人は、実をなさない玉葛の木にすうっと手を伸ばし花を手に採った。

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