みあげればソラ
ジャーナリスト協会からの連絡で、幸恵が彼の死を知ったのは、事件の一週間後。
フレディが、彼女を妻として協会に届け出ていたからこその一報だった。
勿論、まだ衛星電話の発達していない当時のこと、情報の伝達は今よりずっとゆっくりだった。
その時、幸恵は既に臨月を迎えていた。
待ち望んでいた命、産むことに躊躇は無かったが、不安が無かったと言えば嘘になる。
呼び出された協会日本支部で、彼の訃報を聞いて、そのショックで破水した。
急ぎ搬送された病院で、子供を出産した幸恵。
「綺麗な男のお子さんですよ」
薄れ行く意識の中、そう聞こえた声の向こうで、幸恵はフレッドが笑うのを見た。
それは幻覚に違いなかったが、彼女にとっては救いだった。
分娩台の上で、彼女は彼から命を託されたのだと感じることができたのだ。
「大丈夫、サチエなら一人でも大丈夫」
笑顔の彼はいつも楽天的で、物事を良い方にしか捉えなかった。
——そりぁ、大丈夫かもしれないけれど、寂しいよ……
なにもかも、これから一人で背負わなければならない現実。
それでも彼女は彼の笑顔に従うしかない。
生まれた子は3000グラムを超えた元気な男の子。
彼女は息子に、自分の名前の一字をとって、<弘幸>と名付け自分の籍へ届けた。