みあげればソラ
そもそもフレディと出会ったのは取材現場だ。
当時の幸恵はアメリカを拠点として、社会的弱者の視点で記事を集めていた。
ネイティブアメリカンの居留地を巡って、その生活を取材したり。
違法在留の移民の実態を取材したり。
そういう場所は当然のことながら治安が悪く、女一人の取材は難しい。必ず誰か男性のバディを必要とした。
フレディは彼女が組んだ男性記者の中でも、最高にタフで機転の利く有能な男だった。
現場では、どこの生まれで、どんな格式高い家柄の出なのかは問題ではない。
彼の今持てる能力が全てだ。
生きるか死ぬかの瀬戸際にさえ立たされるこの仕事で、そんな盾など役に立つ筈も無い。
確かに、彼のフルネームを聞いた時、堅苦しい長い名前だと思った記憶があった。
「イギリスではミドルネームを持つのは珍しいことじゃない」とフレディに軽くかわされ、彼女もそう認識していた。
だが、ノティンガム家がどんな格式の家柄なのかは想像することさえ叶わない。
当のフレディが亡くなってしまった今となっては尚更だ。
「ひとつお聞きしてよいですか?」
幸恵はあくまで想像を働かせてその使者に尋ねた。
「フレディ、いえ、アルフレッドはもしかして結婚していたのですか?」
「ご想像にお任せします」
もしかしたらと、想像しなかったわけではなかった。
死者に問い詰めることはもう叶わない。
彼の居ない今、そんなことはもうどうでも良い。
幸恵はその場で全てを手放す決心をした。
「書類を。
贈与を引き受ける書類をここに出して下さい。サインします」