みあげればソラ

弘幸への贈与は、100万ポンドの現金。

当時のレートにすれば、2000万円ほどの大金だった。

それがフレディの父親としての弘幸と幸恵に対する責任の対価。

その額が、少ないとも多いとも、幸恵にはわからなかった。


——彼のことは忘れた方がいい……


それだけは確かなことのように思えたのだ。


弘幸は、それは物分りの良い賢い子供だった。

幸恵は弘幸が小学校に上がるまでの6年間、3年後に生まれた亜里寿と共に、取材現場を子連れで回った。

思えば、無茶なことをしたものだ。

無理をするには理由があったし、彼女にとっては、それが一番楽な生き方だったのだ。

現場にいれば、忘れた筈のフレディが身近に感じられたし、ムハマドがいつか戻ってくるかもしれないと信じられた。

子供の寝顔を見ていると、生きる勇気が湧いてきた。

気丈に振舞ってはいても、彼女には拠り所が必要だった。

子連れで取材に回る彼女のことを、記者仲間が陰で『ゴッドマザー』と呼んでいた。

それは、男性としての母性に対する畏怖の念からだったのかもしれない。

だが、実際は違う。


——わたしは自分勝手な母親……


子供の成長に、こんな不安定な暮らしが良い影響を与えるわけがない。

それを一番わかっていたのは、彼女自身だったのだ。
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