みあげればソラ
弘幸が小学校に上がるのを期に、幸恵は日本に暫く落ち着くことを決めた。
それは母として、当然の決断。
世界の中でも安全で平和な国、日本。
彼女の生まれ故郷である日本。
安定した環境で、子供に継続的な教育を受けさせる。
それがどんなに稀有で貴重なことなのか、幸恵自身が一番わかっていた。
幸恵は弘幸に贈られたあの100万ポンドを使い、弘幸名義で東京に小さな家を買った。
共に眠り、起きて、食事を作る。
洗濯したり、掃除をしたり、子供の世話をして一日が終わる。
母と子、三人で暮らす安住の地で送る、穏やかな日常。
けれど、次第に幸恵の中に不満が蓄積されていく。
平安の中で生まれた数々の疑問。
日本から眺めただけではモヤに包まれたように釈然としない不安定な海外事情。
英気を養った幸恵に、仕事熱が復活したのも当然のことだった。
幸恵は、弘幸が中学に上がったことを期に、年に数ヶ月の海外取材に出掛けることを決めた。
主には子供の長期休みにかけて、夏や冬の休みを挟んで1〜2ヶ月。
それは、一面、子供の自立を促したが、子供の闇を隠すことにも繋がった。
殊、亜里寿に関しては。
幸恵にとって、子供の抱える闇は、踏み込むことを許されない無法地帯。
本来なら、一番に解き明かすべき問題だった筈なのに。