みあげればソラ
『死ぬぞ、馬鹿!』
そう怒鳴られて、無我夢中でしがみ付いた弘幸の背中。
温かかった。
『……、理由は聞かねぇ。でも、死ぬな。俺が許さねぇ』
その言葉の重みを、美亜は今一度噛みしめた。
弘幸がいたから、今まで生きてこられた。
彼が傍にいてくれたから、未来を信じて前を向ける。
だからこそ、今、彼の差し伸べる手に身を委ねるのは止めにしよう。
美亜はそう決意した。
亜里寿の部屋を後にし、鍵を元の場所に戻した。
美亜はいつも通りに家事をこなし、弘幸の夜食の用意をした。
鍋一杯に彼の好きなカレーを作った。
心は何故か穏やかだった。
最低限の着替えと身の回りの物をバックに詰める。
家計を遣り繰りしてこっそり貯めた蓄えが少しある。
当座の資金にはなるだろう。
何処に行く宛てがある訳ではない。
けれど、彼の温もりの記憶さえあれば、きっと何処でも生きていける。
その日の夕、美亜は弘幸の前から姿を消した。