みあげればソラ
沙希は美亜を手伝って台所に立っていた。
包丁を持つ手付きも様になっている。
普通の家庭に育った、普通の娘に見える。
家族との亀裂の原因は何なのか?
二人の様子を眺めていると、二人目、酒井由貴が帰ってきた。
——この娘は二十歳だっけ?
職探しに出かけていたという由貴は、地味なグレーのスーツ姿だ。
スーツのサイズが身体に合わないらしく、美しい顔立ちが台無しだった。
「はじめまして。
わたしは弘幸の母親で、袴田幸恵。この家の主です」
「はじめまして。酒井由貴です。弘幸さんにはたいへんお世話になっています」
「あなたは何でこの家に?」
「勤めていたオモチャ工場が倒産して、路頭に迷ってしまって」
「ご両親は?」
「親はいません。母親は何処かで生きているかもしれませんが、居場所はわかりません。
高校卒業までは施設で育ちました。
工場の寮を出てから、アパート暮らしで新しい仕事を探したんですけど直ぐには見つからなくて。
家賃が払えなくなって、お金も無くなって、あたし……」
その先の事情に口篭る彼女を見ていたら、問い詰める気力が萎えてしまった。
他人に話したくない事情は誰にだってある。
何を隠そう幸恵だってその一人だ。
「で、うちのバカ息子に拾われた」
それが全てでしょ、と幸恵は納得することにした。