みあげればソラ
フリーランスとしての海外取材は想像以上に過酷で孤独だった。
女の独り身では、少なからず危険も伴う。
一度事件に巻き込まれそうになった経験から、現地では男性のパートナーを求めることが常だった。
必然的に一対一で対峙する時間が長くなる。
惹かれあうことも稀ではなかった。
勿論、誰彼手当たり次第に恋愛した訳じゃない。
尊敬できて、フィーリングが合って、相手も彼女を好いてくれなきゃ関係は始まらない。
弘幸の父親であるフレディは、彼女が弘幸を身篭って日本に戻って直ぐ、赴いたイラクの戦地で流れ弾に当たってあっけなく命を落とした。
明るく人好きのする彼の性格は、弘幸に受け継がれていると彼女は思っている。
彼女の娘、亜里寿の父親ムハマドはアラブ系アメリカ人だった。
イランイラク戦争から帰還したアメリカ人兵士のPTSD(心的外傷後ストレス障害)の取材の協力者だった。
彼自身も兵役経験者で、戦地に赴いた体験から彼らの受けたストレスに強い理解を示していた。
「争いからは何も生まれない。僕が君の取材に協力するのは、それが反戦の一助になると思うからだ」
軍事介入ありきの当時のアメリカにあって、彼の行動に何処からか圧力がかかったのも否めない。
彼はある日突然姿を消した。
とても危うい人だったけれど、とても優しい人だった。
「僕はね、右の頬を打たれたら左の頬も差し出すよ。それで争いが防げるなら。
その勇気をいつも持ち続けることが、僕の生きる目的であり、誇りなんだ」
それは死の瞬間ににしか証明されることはないだろうけどね、と彼は真剣な眼差しでそう言った。
——多分……、彼はもうこの世には居ない。
幸恵は確信に近くそう思っていた。