みあげればソラ
沙希は物分りの良い子供だった。
自分の我を通すことより、周りが納得する道を素直に受け入れた。
それは何の取り得もない自分ができる、唯一の親孝行だと思っていた。
父母の関心が弟太一だけに注がれていたとしても、太一を弟として愛していた沙希には、家族皆が笑顔でいれれば、それが沙希の幸でもあったのだ。
なのに……、あの月夜の晩……
「太一、見てご覧、すっごい綺麗な月だよぉ」
夕食後に連ドラを見ようと、帰宅後すぐに風呂に入った沙希は、風呂場から見た月があんまり綺麗だったので太一を呼んだのだ。
時折こうして月夜を一緒に見上げる時間が、沙希はたまらなく好きだった。
「ねぇねぇ、太一!」
いつもなら沙希の呼びかけに真っ先に応える太一の返事がなかった。
「あれっ? 下かな?」
黒いジャージの部屋着に着替えた沙希は、太一を探しに一階の居間へ降りていった。
もうすぐ夕食の時間。
きっと太一はお腹が減ってつまみ食いをしに台所にいるのだと沙希は思った。
それはいつもの日常の風景で、不思議なことではなかったのだ。