みあげればソラ
「ほら、ここだ。
代入するXにマイナスが抜けてる」
弘幸の指差す先に目を向けるも、由貴の心はここに在らずだ。
「こら! 聞いてるのか?!」
頭のてっぺんに弘幸の拳骨がぐりぐりと押し付けられた。
そんな仕草にも由貴の胸はドキンと跳ねる。
なんでこんな気持ちになるのか、当の由貴にも分からず仕舞いだった。
それは数日前の真夜中のこと。
眠れなくて台所に水を求めて降りてきた時のことだった。
『美亜……』
聞きなれた声に振り向くと、廊下の奥、美亜の部屋の前に弘幸が立っているのが見えた。
暗がりの中、台所に居る由貴のことなど目に入る筈も無い。
『わりぃ……、入れて』
程なく扉が開くと、弘幸の身体はその部屋の中へと消えていった。
ちょっとした衝撃だった。
やっぱり、という思いの向こうには、美しい美亜と弘幸の抱き合う姿が重なって。
少しだけ何かを期待していた自分に驚いた。