【短編】ある日、それは突然に
男の為だけに生きてきたような自分の生活を思うと自分で自分が愛おしくなる。


別れきれないのは、男の為ではなく、そんな自分が切ないからなのだと今のナツミには身体に染みて感じている。


だからこそ、今でなければいけないのだ。 


ナツミは思い詰めたように立ち上がって男のいる部屋に向かう。


長のつく肩書きの男は個室の部屋でソファにゆったりと座っている。


ナツミをみとめるとニッコリと微笑む。


あぁ、この笑顔が好きだったんだ。とナツミは引き戻されそうな思いに戸惑いながらも堅い表情のまま男に告げる。

「お話があるんですが・・・」

ナツミの堅い表情にも気づかないように、明るい声で男は話しかけてくる。


「話なら後で聞こう・・・そうだ食事を一緒にとりながら・・・丁度5時だな、いつもの店で・・・」


時計に目をやる、男の言葉を遮るように、ナツミは言い放った。

「いいえ、もう社外ではお会いいたしません。今日はそのことをお話にきました。

仕事中だということは、承知しておりますが、今どうしても申し上げたかったものですから、申し訳ございません」


深々と一礼をすると踵を返して部屋を出る。


男が慌てたような声で呼び止めたような気がしたが、何も言わなかったのかも知れない。

ナツミは終わった終わった終わった・・・とそればかりを心に繰り返し唱え続けていた。
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