【短編】ある日、それは突然に
自分の椅子に腰かけると思わず涙が溢れてきた。

丁度就業時間を過ぎていて課内に誰も残っていないのが幸いだと思いながら、涙の意味を考えてみた。


まだ、男に未練があったのだろうか?そうではない、これは可哀想だった自分の為に流す涙なのだと、過去の自分への惜別への涙なのだとナツミは思いたかった。


涙をぬぐうことなく流すに任せていると心がカラッポになっていくのを感じる。


涙は止まるのを忘れたかのような溢れ続ける。


いつの間にかすぐそばにコウタが立っていた。

いつからそこに居たのだろうか?

恥ずかしさに身体が燃えるように熱くなった。

あわてて席を立とうとするナツミにコウタが声をかけた。


「ナツミさんの涙・・・きれいです。思わずみとれていました・・・終わったんですね」


知っていたのかと聞こうとしたけれど、声にはならずコウタを見上げたまま次の言葉を待つ。


「知っていましたよ。他の人は多分誰も気づいていないと思いますけど・・・。

ボクはナツミさんのことは全部わかってしまうんです。

知りたくないことまでわかってしまうんだなぁ。

いつも、ずっとナツミさんのこと、見てましたから・・・」


呼び方が先輩からナツミさんと変わっていることにコウタは気がついているのだろうか?


そんな少し的はずれの思いがナツミの頭をよぎる。


と、次の瞬間コウタの言葉の意味が圧縮から解かれたファイルのように心に溢れ始めた。


思わずドキドキと打ち始めた鼓動に戸惑いながら、コウタの顔を見つめる。


涙は驚きで止まってしまっていた。
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