【短編】ある日、それは突然に
「さ、顔洗っていらっしゃい。

ボクその間にお弁当買ってきますよ。

楽しい残業が待ってますよ。

まずは腹ごしらえですよね。

ナツミさんは角のお弁当屋さんのレディスセットでしたね」


そんなことまで覚えているのかと驚きながら、コウタに何かを言おうとすると、
それを遮るようにコウタがナツミの口真似をして言う。


「タナカ!あなたまるでストーカーじゃないのぉ」


抑揚がナツミに本当にそっくりで、それに言おうと思った言葉そのままで・・・

ナツミは「プッ」と吹き出してしまった。


「ナツミさん。涙のナツミさんもそそられるものあるけど、やっぱりナツミさんは笑顔が一番ですよ」


前を向いたまま言ってきますという風に片手を頭の上で振りながらコウタは部屋を出て行く。

その背中にナツミはそっと囁いた。


「ありがと!でも笑顔はコウタのが一番だよ」


立ち上がって、いつもは締切って決して開かれない窓を少し開けてみると、思わず強い風が吹き込んできて、やっと整えた書類を巻き上げる。


『やれやれ、明日の準備・・・徹夜覚悟だわ』


コウタはこの部屋の様子をみてなんて言うだろうか?


ナツミは、コウタのあっけにとられて立ちすくむ姿を想像しながら、書類をていねいに拾い集め始めた。

その顔にはコウタが素敵だと褒めてくれた笑顔が戻っていた。



おわり
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