だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
湊の部屋の扉は、鉛のように重かった。
勢いよく開けたはずだったのに、ほんの少ししか開かなかった。
白いベッドの上で、静かに眠っている湊。
さっき見た時は知らない人のようだったのに、今は一番大切な人だとわかる。
ベッドの横に腰を下ろす。
病院の椅子は、何だってこんなに座り心地が悪いのか、と思いながら。
丸い円盤を置いただけのような、簡素な椅子。
それが、やけに現実的だった。
そっと、湊の頬に手を伸ばす。
触れるととても暖かくて、湊がそこで息をしているのだ、と理解した。
私の手は震えながら湊の輪郭を探していた。
なぞる指が、がたがたと震えるのを見ていた。
そして、視界は一気に崩れ落ちた。
ただ、自分の頬を伝う液体を拭うこともせず、湊に触り続けた。
苦しくて上手く息が出来なくなっても。
真っ白なシーツの上に涙のしみが出来ても。
緑色のプラスチックが邪魔をして、上手く輪郭をなぞれない。
乱暴にそれを剥ぎ取って、湊の顔を両手で包む。
自分の手に自分の零した涙が当たる度、苦しくて嗚咽が漏れる。
瞬きなんてしたくない。
湊がここにいるのに。
不意に、ぐらりと視界が歪む。
足の力も身体の力も抜けてしまった。
――――――ガターーーンッッッ――――――
がくん、と落ちた身体は、大きな音を立てて椅子から転がり落ちた。
廊下から人の気配がする。
病院らしからぬ騒がしさで、誰かが部屋のドアを開いた。