だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
外の人物を確認するのも面倒で、ドアロックをかけて扉を開ける。
特別、怪しい人が来るわけもない。
がたん、と音を立てて少し重たい扉を引く。
嫌な重さだな、と色々なことを想い出した後だから気付く。
「悪いな、起こして・・・って。お前、どうした?」
ドアのほんの少しの隙間から、櫻井さんが私の顔に手を伸ばした。
反射的に顔を背けてドアから離れる。
まだ、完全に現実に戻れていないので、誰にも触って欲しくなかった。
夢の中の出来事が生々しく自分に染み付いていて、足元が崩れ落ちそうだった。
「・・・ごめんなさい。ちょっと、まだ寝ぼけたままなんです」
「こっち向け」
この人は私の恋人ではないはずなのに、いつもこういう口調で私を呼ぶ。
それなのに、この声の感じや響きに、逆らえないでいるのも確かだった。
悔しいけれど、従わなくてはいけない気がしていた。
そっと顔を向ける。
目を合わせることが出来なくて、櫻井さんの襟元を見つめていた。
昼間と同じスーツのまま。
廣瀬さんを送って帰ってきたところなのだろう。
少し緩んだネクタイ。
ボタンが一つ開けられたシャツ。
その奥に綺麗な首筋が見えた。
雨の音ばかりがする。
自分の鼓動の音が、落ち着かないと言っている。
ただ目の前の人の目線が、痛いほど私に刺さっていた。