だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
顔を上げて櫻井さんを見る。
一度、目が合う。
けれど、すぐに目を逸らしてしまった。
なんだかずっと見ていることが出来なくて。
一瞬見つめた櫻井さんの顔は、少し悲しそうな顔をしていた。
「飲みなおさないか?」
そっと言った櫻井さんの声は、どこか切なさを連れてきた。
無理しなくてもいいけど、と消えそうな声が追いかけてきて、さらに苦しくなった。
「少し、だけなら」
なぜだか、そう答えていた。
こんな気持ちのまま誰かに会うのは嫌なはずなのに。
誰かに傍にいて欲しい、と想うのもまた真実だった。
狡い考えを、抑え込める程の気力が今はなかった。
「じゃあ、着替えて来い。上で待ってる」
「はい」
事務的なやり取り。
最初の怯えた私の様子をみて、もう手を伸ばしてくることはない。
そのまま櫻井さんはエレベーターに向かって行った。
扉を閉めて、少し大きく息を吐く。
息苦しいのは、この雨の音のせいなのか、櫻井さんの連れて来た空気のせいなのか。
気持ちを落ち着かせるために、鏡の前の椅子に座って自分の顔と向き合った。
「あ・・・」
鏡に映った自分の顔を見て、そっと自分の頬に触れてみる。
さっき触れられそうになった左頬は、顎のすぐ近くにうっすらと涙の跡があった。