だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版





顔を上げて櫻井さんを見る。

一度、目が合う。


けれど、すぐに目を逸らしてしまった。

なんだかずっと見ていることが出来なくて。



一瞬見つめた櫻井さんの顔は、少し悲しそうな顔をしていた。




「飲みなおさないか?」




そっと言った櫻井さんの声は、どこか切なさを連れてきた。

無理しなくてもいいけど、と消えそうな声が追いかけてきて、さらに苦しくなった。




「少し、だけなら」




なぜだか、そう答えていた。

こんな気持ちのまま誰かに会うのは嫌なはずなのに。

誰かに傍にいて欲しい、と想うのもまた真実だった。



狡い考えを、抑え込める程の気力が今はなかった。




「じゃあ、着替えて来い。上で待ってる」


「はい」




事務的なやり取り。

最初の怯えた私の様子をみて、もう手を伸ばしてくることはない。

そのまま櫻井さんはエレベーターに向かって行った。




扉を閉めて、少し大きく息を吐く。

息苦しいのは、この雨の音のせいなのか、櫻井さんの連れて来た空気のせいなのか。

気持ちを落ち着かせるために、鏡の前の椅子に座って自分の顔と向き合った。




「あ・・・」




鏡に映った自分の顔を見て、そっと自分の頬に触れてみる。

さっき触れられそうになった左頬は、顎のすぐ近くにうっすらと涙の跡があった。




< 115 / 276 >

この作品をシェア

pagetop