だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版





櫻井さんが触ろうとしたのは、これのせいか、と思った。

櫻井さんには、いつも見られたくないな、と思うところを曝け出している気がする。

それは、櫻井さんが持っている空気が、そうさせるのかもしれない。



着ていたスーツが少しだけ皺になっていたので、それを脱いでハンガーにかける。

少し叩いておけば、明日の朝には綺麗になっているだろう。


そのまま寝てしまったことを、軽く後悔していた。



髪の毛を一度下ろして、ゆるくまとめ直す。

ジーンズに履き替えてロングニットのカーディガンを羽織る。



きっと櫻井さんはスーツのままだろうけれど、それでいいと思った。

今はもうスーツを着ていられない。

なんだか重くて息苦しくなってしまうだろう。




軽く化粧直しをして、涙の跡を無くす。

少し剥げかけたシャドウも薄く塗り直す。


化粧をすることで、気持ちが落ち着くのは、それが私の『武装』だからだと思った。

本当は今すぐ全て落としてしまいたいけれど、さすがにそれは出来ない。




「大丈夫」




呪文のように呟く。

口に出すことで、少しだけ身体を軽くしてくれた。


大丈夫ではない時ほど、大丈夫、と口に出す。

動揺している顔を表に出さない努力をする。




どんな時も『大丈夫』としか言えないのは、自分の悪いところかもしれない。

大丈夫、は魔法の言葉ではないのに。




私の放つ『大丈夫』はむしろ『助けて』と同様の意味を持っている。




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