だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「凄雨って知ってますか?」
唐突に出た私の言葉に、櫻井さんはこちらを見た。
その気配を感じて、少し目線を隣にずらす。
櫻井さんのグラスは空になって、残った泡だけが張り付いていた。
バーテンダーがそれに気付いて、新しいビールと取り替えて行った。
「セイウ?」
「はい。今日みたいな雨のことを凄雨って言うんです」
「物知りだな」
その言葉に、にっこりと笑う。
物知りではないけれど、雨の名前だけは沢山知っている。
「凄い雨って書くんですよ」
「すごい雨、か。確かに、今日はそうだな」
打ち付ける雨に目をやると、降る量は少し減ったように感じた。
打ち付ける雨粒は大きいままで、きっと冷たさを増しているのだろう。
「激しい雨、とか、冷たい雨、とか。そういう雨の事を言うんです。秋によく降る雨なんですよ」
どうしてそんなことを言ったのかはわからない。
けれど、雨を見てそれを知って欲しかった。
雨の名前を。
誰かに聞いて欲しい、と想った。
湊が、そうしてくれたように。
「冷たい雨、ね。秋の雨は静かなイメージだったけど、確かに冷たいよな」
「今日の雨は、少しうるさいかもしれないですけどね」
「そんなの気にならない。それに、音がないよりずっといい」
気付けば目が合っていた。
櫻井さんは笑っていた。
私にしか見せない、優しい顔で。
その顔は、とても狡い顔だ、と想った。