だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「出ようか」
手を離さずに櫻井さんは言った。
それに頷いて、手を離して、と目で訴えたけれど、それは聞き入れてくれなかった。
仕方がなくグラスの中身もそのままで、立ち上がる。
会計を済ませる間だけ離された手は、バーを出てエレベーターに乗っても尚、ずっと繋がれたままだった。
離すタイミングを逃した手は、櫻井さんの左手と熱を分け合っている。
エレベーターは私の部屋がある階にたどり着く前に、八階に到着した。
「あの・・・っ!」
何も言わない櫻井さんに引きずられるように八階でエレベーターを降りる。
先をずんずん進む背中に問いかけても、返事をしてくれることはなかった。
力強い腕の力に、なんだか流されてしまっている。
自分の部屋へ戻らなくてはいけいない、と思っているのに。
そうすることも出来ず、部屋のドアが開く。
そこに足を踏み入れてはいけない、と思うのに身体は簡単にそこを踏み越えてしまう。
此処は、踏み込んではいけない場所だとわかっているのに。
ドアが閉まる前に、私の身体は部屋の中に立っていた。
いや、立たされていた。
櫻井さんに手を引かれたまま、そのままの状態でそこにいた。
それ以上触られる事もなく、それ以上近づくこともないけれど、確かにすぐ近くにいた。
踏み出せば、壊れる距離に。