だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「櫻井さん、手を――――――」
「離したら、この部屋から出て行くだろう?」
なんて当たり前のことを、と思う。
この部屋にいる理由が何なのかすらわからないのに、ここにいられるわけもない。
櫻井さんに縋りつくことは、今は絶対に出来ない。
そのまま手を引かれて部屋の中まで連れて行かれる。
乱暴に手を引かれたので、少しバランスを崩してしまった。
支えてくれた櫻井さんの腕は、私をそのままベッドに倒してしまった。
私は少し身構えたけれど、櫻井さんは鏡の前の椅子を引いて私と向かい合っていた。
今、私たちはどこも触れ合っていない。
それが、私に何も言えなくさせていた。
例えば、今櫻井さんが私に触ろうとしてくれれば、私は必死に抵抗してこの人から逃げられるだろう。
掴まれた腕が、強ければ強いほど。
重なった重みが、重ければ重いほど。
触れられた体温が、熱ければ熱いほど。
けれど、きっとこの人は私に触らない。
見つめて、時折切なそうに顔を歪めて。
さも、私が自分を苦しめているんだ、という顔をするだろう。
息苦しいほどの切なさが充満するように、櫻井さんの気配でいっぱいになるだろう。
どうすることも出来ず、ただ櫻井さんを見つめていた。
ほんの少しの時間。
ただ、お互いの視線を合わせていた。
突然、櫻井さんがそっと手を伸ばした。
もう少しで、私に触れる距離まで。