だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「一人で寝て、また泣かせたくないんだよ」
少し震えたその声が、私の胸まで届いてしまった。
身体の器官をすり抜けて、真っ直ぐ落ちてきた。
「目が覚めた時に、現実との境目をなくすくらい、辛くなって欲しくない。すぐに、ここが『今』なんだとわからせたい」
ここが『今』なんだ、と。
「湊さんを想い出すな、なんて言わない。でも、その後の『今』を受け入れて欲しいんだよ。『湊さんがいない今』を」
その言葉に、何かが揺れた。
苦しくてたまらない、と想って。
頭の中の全てを揺さぶられた感じがした。
『湊のいない今』。
「ごめん、言い訳だ。俺が一緒にいたいんだよ。お前が泣いてる時に」
そう言った櫻井さんは、本当に優しく笑っていた。
少し情けないような顔で。
タバコの煙が少しだけ、その人の顔を霞ませていた。
それでもわかるくらい、優しい表情だった。
「何もしないから、大人しく寝てくれ。このままでいられる方が、俺には辛い」
タバコを消すために目線を逸らして、櫻井さんはそう言った。
焦げた匂いが充満した部屋で、ぼんやりとその人の形を見ていた。