だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版





「此処に、いるよ」




同じ声で、同じ言葉を言わないで。

ただ、頷いて堪える。


でも、どうしても言っておかなくてはいけないことがある。

この人には、聞いて欲しいことがある。




どうして、今。

私がこんなに苦しいのか、を。




「・・・湊がいなくなって苦しいです」




精一杯の本音を、櫻井さんはどう聞いたのだろう。

ただ、腕の力が増していた。

力の入ったその手に、身を任せていた。




触れていいのかもわからずに、それでも何かを返したくて、そっと背中に腕を回す。


触れた背中はとても温かくて、私は本当に安心してしまっていた。

涙が眠気も連れてくる。

朧な意識の中で想った。




私は、きっとこの人を離せなくなる、と。


大切にしたい、と想い始めている、と。




「大切に、したい、です。今も、過去も」


「そうか」


「湊も、櫻井さんも・・・」




その言葉に、もう一度ぐっと力が入る。

その手が、私を離さない、と言っている。

現実を手放す寸前で、私もほんの少し力を込めた。




言った言葉が嘘ではないと信じて欲しかった。

何かを埋めるためではないと。




「・・・わかってる。わかってるから」




その声に今度こそ安心をして、眠りにおちていった。


雨の音が、私と櫻井さんを二人だけにしてくれていた。




< 133 / 276 >

この作品をシェア

pagetop