だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版





『最初は真っ暗な画面。そこに白抜きの文字が出る』


「なんて?」




問いかけると声を出さずにふっと笑う気配がした。

相当、自信があるに違いない。




『何があっても、この香りを忘れない』




人間は嗅覚が一番記憶に残ると言う。

視覚や聴覚の方がわかりやすいもののように感じるけれど、その二つは感覚が鋭すぎて上書きされていく。


見たもの、聴いたもの。

忘れたくない、と想えば想うほど。



けれど嗅覚は違う。

あらゆる匂いを感じては、脳が記憶と照合していく、という構造をしている。



だから、匂いだけは、脳にしっかりと記憶される。

そして、その記憶から照合される。


例えば、それが引き出しの奥底にしっかりしまっていたとしても、いつか見つかってしまうように。

いつでも呼び起こしてしまうのだろう。




「狡いコピーだね」


『最高の褒め言葉だな』




そう言って森川は嬉しそうに笑った。

確か、今回のコピーライターは女の人だと言っていた。


森川が当たりだ、と言っていた意味がようやくわかった気がした。




男の人よりも、記憶とか想い出に敏感に反応するのは女性の方で、それに問いかけるキャッチコピーは男性からは出づらいかもしれない。

そのコピーは、見る人を一瞬で引き込んでしまうのだろう。




< 141 / 276 >

この作品をシェア

pagetop