だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
『最初は真っ暗な画面。そこに白抜きの文字が出る』
「なんて?」
問いかけると声を出さずにふっと笑う気配がした。
相当、自信があるに違いない。
『何があっても、この香りを忘れない』
人間は嗅覚が一番記憶に残ると言う。
視覚や聴覚の方がわかりやすいもののように感じるけれど、その二つは感覚が鋭すぎて上書きされていく。
見たもの、聴いたもの。
忘れたくない、と想えば想うほど。
けれど嗅覚は違う。
あらゆる匂いを感じては、脳が記憶と照合していく、という構造をしている。
だから、匂いだけは、脳にしっかりと記憶される。
そして、その記憶から照合される。
例えば、それが引き出しの奥底にしっかりしまっていたとしても、いつか見つかってしまうように。
いつでも呼び起こしてしまうのだろう。
「狡いコピーだね」
『最高の褒め言葉だな』
そう言って森川は嬉しそうに笑った。
確か、今回のコピーライターは女の人だと言っていた。
森川が当たりだ、と言っていた意味がようやくわかった気がした。
男の人よりも、記憶とか想い出に敏感に反応するのは女性の方で、それに問いかけるキャッチコピーは男性からは出づらいかもしれない。
そのコピーは、見る人を一瞬で引き込んでしまうのだろう。