だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版





『男がこう、言うんだ。『僕の隣で』と』




『僕の隣で』あなたの死を望みます。




『女性は寄り添う。そして、二人の繋いでいる皺だらけの手が映る。その向こうに雪景色の湖が見える。そして、画面は暗転』




息を呑む。

まだ続きがあるのだ、と森川の口調が言っている。




『何があっても、この香りを忘れないで。そう、映る』




『何があっても、この香りを忘れないで』。

自分の隣で息絶えて欲しい。

それに応える代わりに、自分のことを忘れないで。



それは、今この瞬間を一緒にいることの約束。

そして、最期まで傍にいたことを憶えていて欲しい、という約束。




「素敵」




素直にそう言った。

森川は何も言わなかったけれど、それでいいと思った。

今回のプレゼンに、森川がどれだけ力を入れてきたのか知っている。



それこそ、ひたむきな心で。

誰かに評価されたい、とか、認められたいという邪心はなく、まっさらな気持ちで。

初心に返って仕事をする、と言っていた森川。



クライアント受けとかではなく、自分の思う通りにしろ、と櫻井さんが喝を入れていた。




『森川は自分の色がない。いや、透明なんだ。だから相手の意向に合わせていける。でも、それじゃダメだ。これからは、透明さを相手に見せていかなくてはいけない』




そう言っていた。

透明な森川。

本当に適切な言葉だな、と思う。




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