だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
抱き締められた腕に、そっと自分の手を乗せる。
ぎこちなく重ねたその手に、少しだけ櫻井さんが揺れた。
そういえば、部屋の中がかなり明るくなっている。
櫻井さんの部屋は一泊なので、そろそろチェックアウトの時間のはずだ。
慌てて顔を上げて、櫻井さんを見る。
腕の力のせいで、上手に顔が上がらなかった。
「櫻井さん、チェックアウトしなくていいんですか?時間が・・・」
「もう、してある」
「え?」
どういうことかわからず、聞き返してしまった。
いつの間にそんなことをしていたのだろう、と思って。
「夜中のうちに、篠木に鍵を渡しておいた。廣瀬と約束があるから、と言ってチェックアウトをまとめて頼んだんだ。俺の荷物は、もうこの部屋にある」
多分、普段の私なら、なんでそんなことを勝手に!と怒っているだろう。
けれど、今日はそんな気分にはなれない。
なんて鮮やかな行動力、と感心はしても、勝手に部屋に荷物を運び込んだことに嫌悪感は湧き上がらなかった。
それほど、心を許してしまっていた。
「はぁ・・・」
「怒らないのか?勝手にそんなことして、って」
櫻井さんがそう言うのは、もっともだ、と思った。
なんとも間抜けな返事しか出来ない自分が、少し恥ずかしかった。
どこかいつもの調子が出ない。
今は、櫻井さんの行動を何でも許してしまいそうだった。