だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「山本さん?」
突然声をかけられて、びくり、と肩があがる。
真っ直ぐ伸びてきた声に、驚いて振り返る。
まだ函館にいたんだ、と急に引き戻された現実を受け止めていた。
「廣瀬さん・・・」
名前を呼ぶと、廣瀬さんはにっこりと笑っていた。
驚く様子もなく、ゆっくりとベンチの前に立つ。
レンズのようなその黒目が、しっかりと私を捉えていた。
「まだ、函館にいらっしゃったんですね。もう帰ってしまったと思ってました」
「そうなんです。廣瀬さんも、まだこちらにいらっしゃったんですね」
しなくてもいいような確認をお互いにして、お互いに笑顔を作る。
それが作り物であっても、そうするべきだ、とわかっていた。
「隣、いいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
廣瀬さんは私の左隣に腰掛けた。
見たことのないカジュアルな服装は、スーツの時よりも更に幼く見えた。
櫻井さんの言っていた『女ったらし』の言葉がとても不似合いな感じがした。
それと同時に、とても女の人にモテるだろうな、と思わせる風貌だとも思った。
「驚かせてしまってすみません」
優しい声が響いて、廣瀬さんの方を向く。
目が合うと自然と私も笑っていた。
ぎこちなさは、もうどこかへ行ってしまった。