だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
帷...トバリ
少し濡れている海岸沿いの手すりに、少しだけ触れてみた。
その水滴は冷たくて、もう秋の気配が充満しているのだ、と知った。
後ろから、ぱんっと傘の水滴を飛ばす音がした。
小さな折り畳み傘を綺麗にくるくると丸めるその姿は、もうすっかり見慣れたものだった。
「ありがとう、湊」
「いいえ。どうしたの、急に」
ううん、と言って海に目を向けた。
広い海に雲の間から差し込んだ赤に近いオレンジ色を垣間見る。
さっきまで、降っては止み、止んでは降ってを繰り返していた雨は、露のようにあたりで光を放っていた。
函館旅行は結局、雨になった。
晴れていたのは金曜日と昨日の夜までで、今日は朝から静かに雨が降っていた。
そんなこと、気にもならなかったけれど。
私と湊にとって、雨が降ることは嬉しいことなのだ。
静かな雨の中を二人でドライブして歩く。
ただそれだけのことが、とても幸せに感じていた。
そっと、私の右手に湊の左手が触れる。
確かめるようにその手を握った。
冷たいその手に自分の指を絡めて、ただじっと海を見ていた。
「時雨の右側が定位置になったね」
声がとても嬉しそうで、静かに響くその音を忘れないようにしっかり閉じ込めた。
私の名前を呼ぶ声を、大切にしまいたかった。