だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
誓約...セイヤク
「ホテルに、戻ろうか」
いつもの声の調子に戻って、湊が言った。
もう不安の色は滲んでいなかった。
同じ気持ちであることを確かめるのは、とても勇気がいることだ。
それを確かめたかったのだ、と気付いた。
車に乗り込んでシートベルトをかけようとすると、その手を湊に掴まれた。
何をしたいのかわからず、掴まれたその手をじっと見ていた。
そして、目線をあげて湊を見つめた。
綺麗な顔が、少し強張っている。
瞬きをしないまま見つめられると、その目がどんどん潤んでしまうんじゃないかと不安になる。
近付きもせず、でも離れることのないこの距離になんだか苦しくなる。
まるで二人の間に壁があるかのように。
なくなったはずの壁を感じた瞬間、少しだけ世界が揺れた。
何か言葉を発して欲しい。
その声が響くだけで、私の世界は元に戻ってくれるのに。
「時雨、後悔しない?」
湊の口から出てきたのは、とても意外な一言だった。
『後悔』。
何にそんなものが必要だろう。
そんな言葉、考えもしていなかったのに。
それとも、湊は何かに後悔しているのだろうか。
わからない事だらけで、頭の中はますます混乱していた。
ただ、少しだけ揺れている湊の瞳から、目を放すことが出来なかった。