だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「謝らないでください」
そう言うと、その手にぐっと力が入るのを見た。
「今は、何もわからないんです。頭の中がぐちゃぐちゃで・・・」
「じゃあ、さっきの返事も無効だ。まだ、このままでいさせてくれ。今は中途半端なことが、俺の救いになる」
「そんな・・・っ!」
「それが、俺にとっての優しさだ」
その言葉に、嘘はないと思った。
鞄を抱えてドアに手をかける。
一度目を瞑って、ゆっくりと目を開ける。
そして櫻井さんを見上げた。
その目は不安そうに揺れていた。
ただ、何もしてあげられない私にはどうすることも出来ないとわかっている。
それでも、何か言ってあげたくなった。
「時雨」
静かな声が響く。
いつもの声ではない。
『漢字』の音の響き。
「俺からは、今日はもう触れられない。でも、本当は触りたい。慰めでも何でもいいから、一度だけお前から触れてくれないか?」
懇願する声に私は揺れていた。
ただ絡んだ視線に、私は動けなくなっていた。
目の前にいるのは大きな男の人なのに。
そこにいる人は迷子の顔をしていた。