だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版





「ありがとう、ママ」


『いいのよ。でも、早く孫の顔が見たいわ』




ほほほ、と声高に笑って色んな空気を壊してくれた。

こういう気の使い方が本当に嬉しい。



受話器の向こうで、リビングの扉が開く音がした。

お父さんが帰ってきた音がした。


嬉しそうにママがお父さんの名前を呼んで、受話器を渡す気配がした。

がさごそ、と動く音。




『時雨、元気か?』


「うん、元気。お父さんも、元気?」




心配しているよ、と言わなくてもわかる声でお互いを確かめる。

お父さんの低い声は、嬉しそうに響いていた。




『相変わらず忙しいのか?まぁ連絡がないってことは、頑張ってるってことだろ』


「うん、頑張ってる。全然帰ってなくてごめんね」


『元気なら、それでいい』




私が帰らない理由をわかっているけれど、あえて言わないお父さんが有り難かった。

何も言わないことが、心配をかけるだけだとわかっていても。




『たまには帰ってきなさい。湊も待っているから』




お父さんの言葉に返事は出来なかった。

その言葉に同意なんてしたくなかったから。


だって、湊はそこにはいないから。

湊は、私だけの知っているカケラの中にしかいない。


そこにいる湊は、湊であって湊ではない。

伝わらないのがわかっているので、何も言えずにいた。




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