だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「あの――――――」
『後ろ向け』
「え?」
それだけ言って電話は切れてしまった。
でも、わかる。
あの足音と『後ろ向け』の意味。
振り返ると少し離れたところに櫻井さんが立っていた。
スーツ姿のまま、仕事用の鞄だけを持って。
やられた、と思う。
水鳥さんの名前で私を呼び出したのは、間違いなく櫻井さんだ、と気付いて。
「水鳥さんじゃなくて悪かったな」
にやりと笑うその姿に、ため息をついてしまう。
この前戻ったばかりなのに、どうしてまた函館に来たんだろう、と思って。
悪戯が成功した子供のように、楽しそうに櫻井さんは笑っていた。
私の方へ近付いてきて、隣の椅子に腰掛ける。
私の右側に。
「何でここにいるんですか?仕事、放り出してきたんですか?」
「そんなわけないだろう。午前中のプレゼンにはちゃんと出席してた。ま、森川に任せていたけどな。で、午後からは夏休みだ」
櫻井さんが夏休みを取れる、ということは、大きな仕事はひと段落したのかもしれない。
それを思って心からほっとした。
私がいない間に何事もなくすんだのだ、と理解した。
だからと言って、ここに櫻井さんがいる理由にはならない。
櫻井さんに向き直って、目線をあわせた。