だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「とりあえず半日だけ夏休みもらって、後は随時消化する。時間持て余してるだろう、と思って来てみたんだ」
確かに時間を持て余してはいた。
けれど、これで私が予定を変更していれば、私は函館にはいなかったのだ。
そんなことも頭の回らないような人ではない。
「私がいなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「いるって、わかってたから」
不思議に思って、その目の奥を見る。
何を根拠にそんなことを。
「廣瀬から、連絡があったから」
あ、と思い出す。
『いつ帰るんですか?』という声。
「時雨に会った、って電話が来た。ぼんやりしてた、って」
見られたくないところを見られたな、と思ったのは間違いではなかった。
それを、櫻井さんに伝えられるなんて、思いもしなかった。
「それで、思い出したんだ。昨日だよな、って」
思い出さなければいい、と思う暇もなかった。
櫻井さんが、どれだけ気にしてくれているのが、痛いほど感じていた。
静かな沈黙が続く。
口を開くことも、動くこともしなかった。
ただじっと黙ってやり過ごすしか、今の私には出来なかった。
この人の中に見え隠れする湊のカケラを、拾ってはいけない気がした。