だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
大切に開けられた缶ビールは、窓際のちょっとした場所に置かれた。
まるで、空に浮かんでいるように見える。
「乾杯」
私の方へ向き直った櫻井さんが、目の前にビールを掲げていた。
それに合わせて私もビールを持ち上げる。
安っぽい音がしてビールが離れると、櫻井さんはそのビールを窓際のビールに合わせた。
「乾杯」
小さな声は、頼りなさを滲ませていた。
それで、わかった。
そこにいるのは湊だ、と。
櫻井さんの姿があまりにも無防備で、なんだかたまらなくなってしまった。
私も少し手を伸ばして、そのビールに自分の缶を合わせる。
かちり、と響いた音は、とても儚く聴こえた。
「乾杯、湊」
そういえば、ビールで乾杯をするのは初めてかもしれない。
お酒で堂々と乾杯出来るようになった後、すぐに湊はいなくなってしまったから。
そんなことを考えながら、缶ビールを喉に流し込んだ。
ごくごく、と喉を鳴らして思い切り飲み込む。
目の前からの視線に気が付いていたけれど、それを振り払うようにビールを胃に運んでいた。
櫻井さんがルームサービスを取るために電話をかけていた。
そんなところまで様になるから、すごいと思う。