だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「まだ・・・?」
やっと搾り出した声は、そんなことを言った。
櫻井さんは私の目の前にひざまずいた。
そして、そっと手すりに手をかけた。
自ら目を合わせてにっこりと笑っていた。
「もちろん。時雨にとっても『まだ』だろう?」
優しい声にただ頷く。
私に触れることなく、そっと笑うだけ。
顔を覆って下を向いてしまった。
あまりに優しい響きは、櫻井さんの気持ちを含んでいた。
寂しい、と。
同じ気持ちをわかってくれる人を探していた、と。
「そんなに簡単なものじゃないだろう」
そう言って頭を撫でてくれた。
抱きしめるわけでも、何かを押し付けるわけでもなく。
私は、どうしてこの人にこんなに気持ちが揺れるのか。
少し、わかった気がした。
「悪いな、泣かせるつもりじゃなかったんだ。落ち着いたらゆっくり飲もう」
そう言って、私の前にいてくれた。
温かい空気が包んでいた。
家族ではないこの人が、湊の存在をこんなにも大切にしている。
そのことが、私をとても嬉しくさせた。
どうしよう。
こんな気持ちになるなんて、想いもしなかったから。
今日、この場所で。
何か変わる予感がしてしまった。
櫻井さんに傍にいて欲しい、と想ってしまったから。
この広い部屋の中、ただ櫻井さんの気配を感じていた。