だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「絶対に忘れるから。・・・一度だけ、呼んでくれ」
下を向いたままの頭がほんの少し揺れていた。
助手席のシートを握る左手は、ぎしっ、と小さな音を立てていた。
目の前のその光景から、私は逃げられないような気がしていた。
鞄を持つ手にぐっと力が入る。
私が櫻井さんに触れている右手は、櫻井さんの左腕の上で少しだけ力が入った。
「・・・け、いと」
掠れた声は小さくその音を成した。
本当に小さな途切れ途切れのその音を。
櫻井さんは、どう聞いたのだろう。
ゆっくりと顔を上げて私を見つめる。
今、櫻井さんの目の中にはしっかりと私が映っていた。
眉間には悲しそうな皺が深く刻まれている。
そんなところまで湊にそっくりだ、と想った。
「ちゃんと、呼んで。絶対に忘れるから。もう一度だけでいいから」
その目は私を捉えて離さなかった。
私しか触っていない。
それなのに、抱きすくめられて動けなくなっているようだった。
胸が苦しい。
せり上がる。
想いが。
涙が。