だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
そのまま櫻井さんはグラスを空にした。
ことん、とテーブルに置いて私をじっと見つめていた。
その視線から逃げられない、と感じて私もグラスの中身を飲み干した。
「本当は、返事も聞かずに時雨をどうにかしたい。力ずくで」
櫻井さんは笑っていなかった。
その言葉に、私は一気に身構えた。
けれど、怖いとは思わなかった。
やっと触れた、櫻井さんの本心。
櫻井圭都の心の奥底。
「そうしないのは、時雨にちゃんと向き合って欲しいからだ。湊と比べるんじゃなく、俺自身に答えが欲しい」
あまりに真剣な声に、どんどん心拍数が上がる。
櫻井さんの瞳が、私を離さない。
「櫻井圭都を、見て決めてくれ」
目の前のこの人。
名は『櫻井圭都』。
傲慢なふりをした、優しい人。
線の細い背中。
骨ばった大きな手。
色素の薄い目。
低く響く声。
こんなにも似ているのに、湊ではない人。
湊と重ねることなく、この人を見たことがあっただろうか。
細胞も心も。
湊ではない、と。
この人自身に答えが欲しい、と。
そう、言っている。