だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「圭都」
そう言って、ぐっと二の腕を掴んでしまった。
目線を合わせることさえ出来ず、フロントガラスのほうへ目をやった。
涙がこぼれたのと櫻井さんに抱き締められたの。
どちらが先だったのだろう。
私の右手は櫻井さんの右手に掴まれていた。
抱えていた鞄が足元に落ちてばらばらと音を立てていた。
櫻井さんの左手に力が入る度、どうすることも出来ない私の身体がしなるようだった。
「悪い。すぐ離すから」
言葉とは裏腹の強い力に、今は抵抗することさえ出来なかった。
けれど、すぐに身体を離して私の鞄を拾ってくれた。
散らばった中身を私も一緒に拾い上げた。
二人とも動揺していた。
でも、それには何も触れずにいた。
逃げ出すように扉を開けて外に出る。
小さな雨粒は冷静さを取り戻すのにちょうど良かった。
「ゆっくり休め。体調だけちゃんと治せよ」
「はい」
事務的に発せられた二つの言葉が、全てを忘れる約束のように響いた。
小さくお辞儀をして櫻井さんの車を見送る。
何も言えずに、ただ笑ってみせる。
力ない笑顔は、きっと何の意味も持たないだろう。