だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「お客様すみません。乗車券、拝見できますか?」
声をかけられて、はっとする。
乗り込んですぐに眠ってしまっていた。
目の前の車掌さんは、心配そうに私の顔を見ていた。
「すみません。お願いします」
鞄の外側のポケットに入れていたそれを車掌さんに渡す。
確認をしてすぐに渡されたチケットを、今度は目の前のチケットホルダーに差し込んだ。
「ありがとうございます。よい旅を」
にっこりと笑って応える。
遠ざかる背中から窓の外に目を移すと、少し傾いた太陽が見えた。
まだオレンジではないけれど白い鮮やかな光でもない。
昼と夕方の中間。
広がる景色は秋の風に揺られていた。
街並みはほとんど見えなくなり、電車は平坦な道に寄り添うように走り続けていた。
この前の夢を見た。
櫻井さんが車で送ってくれた日の夢を。
あんなことがあったのに、二人とも素知らぬ顔で過ごしている。
仕事は仕事と割り切ることができる。
それが私に冷静さを取り戻させる。
自分が社会の中で生きていくことを、必要としている証拠だと思った。
大人になるということは、大切なことを誤魔化していくことなのかもしれない。
寂しさも。
辛さも。
大切な気持ちも。