だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「何かあった時は、シグの味方だから」
じっと櫻井さんを見つめたまま、水鳥さんはとても綺麗な顔で笑ってそう言った。
まるで、映画の中のワンシーンのように完璧な笑顔で。
「いいですよ、それで。時雨を大切にしてくれるなら」
櫻井さんはお試し期間に入ってから、私のことを『時雨』と呼ぶ。
今までの『しぐれ』というひらがなの響きでは呼ばなくなった。
かといって、そのことがわかるのはきっと私だけだろう。
結局は同じ名前を呼んでいるのだから、わかるわけがない。
でも、違う。
含んでいる感情が違うことを、その声からはっきりと感じる。
私の存在を確かめる声。
そんな風に想う。
「当然ね。私も大切に想っているのよ」
温かいお風呂の中にいるように、安心する。
寒くならないように、しっかりと包まれている。
本当に大切なことを言葉の中に閉じ込めて、水鳥さんは私たちに伝えてくれた。
それは直接言葉で聞くよりも、より胸の中に落ちていった。
水鳥さんは、それじゃあ、と言って颯爽と夜の街の中に飲み込まれていった。
その背中に向かって、小さく手を振った。
もう片方の繋いだ手に無意識に入る力と、同じ力で返してくれる。
そんな懐かしい感覚まで、この人は持っていた。