だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「会社の先輩から電話が入ったので、このまま失礼します」
「そう。残念だけど、仕方ないね」
その顔は本当に残念そうで、しょんぼりと目が伏せられていた。
男の人と男の子。
両方が共存する彼の表情は、人を惹き付ける表情だな、と感じた。
「ご馳走になっておきながら、申し訳ありません。これで失礼します」
そう言って静かにお辞儀をした。
仕事っぽくなってしまったけれど、これくらい他人行儀な方がいい。
これ以上、彼に踏み込まれたら全てを暴かれてしまいそうだ。
「それじゃ。もしまた何処かで会えたら、その時は名刺交換でもしよう」
「はい」
社交辞令だとわかっているが、それには笑顔で応える。
こんな顔もいつの間にか出来るほど、私は大人になっていたのかもしれない。
それが嬉しいことなのかどうかは、今はわからなかった。
出口に向かっていくと、入り口にウエイターが一人立っていた。
ドアマンの役目もしているのだろう。
そのウエイターに、彼の分も合わせて私が支払うことを告げた。
立ち止まると彼に気付かれてしまいそうだったので、後で部屋に請求をして欲しい、と言って。
小さく頷いて、扉を開けてくれた男の子に笑顔でお礼を言ってバーを後にした。