だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「そういえば、山本さん」
不意に名前を呼ばれて、廣瀬さんの方へ向き直る。
その目はちょっと悲しそうな目をしていた。
「昨日のお酒代、俺に一円も払わせてくれなかったでしょ?」
あ、と思い出す。
そういえば、結局全額自分で払いに行ったのだった。
その方があの空間での出来事を正当化できるような気がして。
「男に恥をかかせないでくださいよ。折角楽しんでもらえたと思っていたのに、結局俺が楽しませてもらってた、なんて。切ないもんですよ」
「すみません。でも、初めて会った方にご馳走になる理由もなかったので・・・」
言い訳をすると、今度はにっこりと廣瀬さんが笑っていた。
あの警戒心を無くさせる笑顔で。
「そういうところが、男をたまらなくさせるんですけどね」
レンズのような目が私を映している。
童顔のその顔が、あどけなくこちらに向けられる。
その度に、この人に対する壁が剥がれ落ちていきそうだった。
「名前も何も知らないまま、色々な話をした仲じゃないですか」
意味深な発言をした廣瀬さんを、櫻井さんはじっと見ていた。
その視線に気付いているはずなのに、そ知らぬ顔をしている廣瀬さん。
この人・・・只者じゃないな、と思う。
怖いもの知らず、とも。