だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「行こうか」
篠木にそう言って、ホテルまでの短い道のりを歩いた。
風は少し冷たくて、湿り気を帯びている。
そういえば、今夜から雨が強くなる、と天気予報で言っていた。
「時雨さん、本当にありがとうございました」
「篠木の役に立てたなら、よかった」
篠木が少し眠そうな声で、そっと言った。
私も出来るだけ優しく響くように言う。
気を張っていたのがよくわかる。
気が抜けた今は、お酒が身体中を巡っているのだろう。
「俺でも出来ることがあるんだな、って思えてすごくよかったと思います」
篠木が珍しく饒舌だ。
篠木と森川は、きっと同じタイプなんだろうな、と思う。
「廣瀬さん、最初どうして俺が担当なのか、って櫻井さんに聞いたじゃないですか?」
「うん。あったね」
「実は、すごく不安だったんです。あぁ、俺、信頼されてないのかな、って」
それは当然のことだと思う。
あの時の張り詰めた空気は、篠木を強張らせるのに十分過ぎるほどだった。
綺麗な顔が緊張で固まるのが手に取るようにわかった。
その顔は、まるで人形のように表情を失ってしまったことも、全員気付いていた。