だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版
「じゃあ、ゆっくり休むんだよ」
「はい。お疲れ様でした」
疲れた顔をしっかりと笑顔にして、篠木は私の方を向いた。
なかなかそこから動こうとしなかったので、私もその場でじっとしていた。
向かい合って立ったまま、なんとなく動けずにいた。
「時雨さんも、いい夏休みを」
「ありがと」
そう言うと篠木は満足そうにエレベーターに向かって行った。
ロビーで少しぼんやりしながら、その背中を眺めていた。
線の細い背中であることに変わりはないのに。
篠木の背中は、私の意識を過去に連れて行くことはなかった。
その背中は、前よりも少しだけ逞しく見えた。
私も疲れていたので、そのまま部屋へ戻ろうと足を進めた。
小さな湯船にお湯をためて、ゆっくり浸かろうと思う。
そのまま寝てしまわないようにだけ、気をつけなければ。
無機質に光る明かりの中、エレベーターに乗り込んだ。
ドアと反対側の壁はガラス張りで、ゆっくりと上に進むほど街の景色が目に入る。
ガラスの外は、雨に濡れて光が滲んでいた。
急に降り出した雨。
雨が降る前に、ホテルに戻ってこられてよかったな、と思う。
雨の当たる音が聞こえてきそうなほど、ガラスに打ち付ける雨粒は大きい。
今夜は、少し天気が荒れそうだ。
外の霞む景色は雨がとても激しいけれど、それが私の周りの音を消していた。
静かな世界の中に一人だけ、ただ立っている気がした。
雨の音は、苦しさも連れてくる。
白い部屋の中で感じた、切なさと一緒に。