有界閉領域
戸惑い
某カラオケボックスの3号室。
ドアの前で一呼吸。
ドアのガラスからチラッと見えた人影に一安心。
落ち着け、私。
髪もOK。
薄くした化粧もたぶんOK。
洋服もやり過ぎない感でそれでいて可愛い感じだから・・・OK。
たとえ相手がタイプじゃなくても、笑顔。笑顔
性格は最高なんだから、ね。
ガチャ ドアを開ける。
「初めまして、ゆうりんです。」
選曲のリモコンをいじっていた手を止め男はゆっくり顔を上げた。
何で???
こんなことって・・・
ありえない・・・
「春日?・・・だよね。」
ビックリしている場合じゃない。
気持ちをしっかり持たないと。
そっと息を整える。
「ヒロロンさんだよね?」
男は一瞬、驚いたような表情を見せたがすぐに満面の笑みを浮かべた。
━━━━本当に美形!
こんなに近くで、1mも離れてない距離で、それも笑顔で・・・
今まで興味なかったけど、美形だって噂されることはある
これじゃ~騒がれるのは仕方ないか・・・
橘涼司。 通称リョウ。
2年になり同じクラスになった、学園NO,1のボンボン。
長身で人目を引く整った顔。
長身でカッコイイ顔に入学した時からすでに有名人。
年上から年下まで、付き合った数は数え切れないほど。
でも全部が噂だけど。
口が悪いとか、女にだらしないとか。
良い噂より悪い噂の方が圧倒的によく聞く。
身長、金、ルックス全部そろえば誰だって妬むだろうし、嫉妬もするだろう。
綺麗に生まれちゃった宿命なんだろうけどね。
2年になって同じクラスになって日も浅いけど、今この瞬間まで、全く話した事はなかった。
「ゆうりんちゃんだっけ?よろしくね。春日さん」
「橘君がヒロロンさんだったなんてね・・・すっごい意外。」
だってSNSでは、ヒロロンはもっと控えめで、人見知りするタイプのように思ってたから。
目の前の橘君とはまるで別人だった。
ネ
ット上では、別人格ってよく聞くけど、橘君もそのタイプだったのね・・・
スゴク残念。
「あのさ~、リョウでいいよ。春日の事は何て呼べばイイ?」
「あっ。・・・真由で。」
ずっと会いたかった、ヒロロンが目の前にいるのに、
私・・・全然うれしくない。
ヒロロンは、もっと控えめで目立つようなタイプじゃないと、勝手に思っていたし、女の子に慣れてなくって、ハニカミ屋さんで、優しくて。
黒髪で、でもダサくない程度に格好良くって、メガネなんかもしてたりしてって・・・
勝手に想像して妄想していた時の方が、 ずっと楽しかった・・・
事の発端は、3ヶ月ほど前。
私には3歳年下の萌と言う妹がいる。
白百合女学院中等科に進学した萌は、私なんかよりずっと頭が良い。
親の前では優等生の癖に、裏では出会い系のSNS何かやっていたもんだから。
見つけちゃった私に『絶対内緒にして!!』ってせがんで来た。
『ヒロロンさんが会いたいって言ってるんだけど、私も会いたい。でも学校にバレたら退学だし。』萌こと『ゆうりん』は『ヒロロン』多分高校生に夢中だったのだ
とりあえず。
2人のやりとりを見せてもらったら、女の子に全く慣れていない感じで初々しくって、誠実な感じの人だった。
私の周りにはいないタイプ。
音楽が好きとかで、いろんなジャンルの曲を知っていて、将来はそっちの道に行きたいとか、夢をいっぱい語っていて、萌が会いたくなるのもすごく分かった。
その上
私までヒロロンに会いたくなってしまった!!
『萌が会うとなるとイロイロ問題になるから、代わりに私が会って話するね。もちろん萌の姉だってちゃんと説明するし』
少し悩んだ萌は、しぶしぶ首を縦にふった。
萌の扱いぐらいチョロイもんだ。
所詮 優等生!!
それに萌の通っている学校は恋愛禁止だしね。
「もしかして緊張してる?」
優しげにニッコリ笑うリョウ。
「うん。ちょっと・・・」
つられて笑顔を返したものの、顔がぎこちない。
萌に会わせなくて正解!!
自分の見せ方を知っている奴は、どんな顔をすれば女の子の緊張をほぐせるか、全部分かっているようで、ムっとする。
こんな女たらし、ウブな萌なんてイチコロだよね。
飽きられて捨てられるのが目に浮かぶよ。
ネットのヒロロンだったら『俺も緊張してる』って、恥ずかしげに笑っただろうに。
「歌ったら緊張ほぐれるよ、ね。」
って勝手に選曲して入曲しているし!!
「俺は適当にオーダーしておくから、思いっきり歌っちゃって」
「エエ━━━━!!―――」
私、歌は得意じゃないのよ!!
それによくわからない歌、 歌えるわけないでしょ!!
イントロが流れだし、とりあえずマイクを取った。
リョウはこっちを見て頑張れというように腕で、ガッツポーズをとり、ニコッとし、注文を始めている。
意外にも最初さえクリアーすれば、裏覚えながら歌えるものである。
歌っている間も、リョウは手馴れた様子で手拍子したり、盛り上げては、くれている。
またその仕草が、慣れていてムっとする。
「真由って歌上手いね~。今度は違う歌聞かせてよ~」
お世辞も上手いときている。
それでもって、また勝手に入曲。
もう、その手に乗るか!!!