この愛に抱かれて
茂は酒が強く、以前は仲間たちとよく飲んでいたが、響子が生まれてからは外で飲むことはめっきり少なくなった。


工場(こうば)の裏手に止めてある自転車の前かごに弁当箱を入れると、茂は自宅へと続く緩い上り坂を立ちこぎをしながら軽快に駆け上がった。


この時間でも空はまだ明るかった。


タバコ屋の角を曲がると遠くに自宅である赤い屋根のアパートが見える。


門の前では、妻の恵美子と娘の響子が茂の帰りを待っていた。


それまで、じっと曲がり角のほうを見つめていた響子の顔が、茂を見つけた瞬間に満面の笑みに変わった。

茂のほうを指差しては恵美子に父親が帰ってきたことを教えた。


「お父さん」


響子は小さく叫ぶと、その場で飛び跳ねては何やら一人ではしゃいでいた。
< 10 / 252 >

この作品をシェア

pagetop